2018年05月13日

リフレッシュしました

リフレッシュしました
ちょっとマシになりました
ただ、生きてても意味ないと思い始めました

というのを契機に少し考えました。

どこかの国会議員が女性に3人以上子供を産めとけしかけたという話をききました。まだそんなことを言う人がいるのかと国民としてがっかりしました。男は普通子供を産めないので二重ながっかり感があります。

加えて思います。

近代は人権に注目する余裕ができました。ほんの100年前までは食べ物がなければ死ぬのが当たり前でした。NHKのおしんというドラマでおばーちゃんが口減らしが必要だと自ら真冬の川に身を沈めて死のうとしてる場面を思い出しました。

今は保護制度があります。食べ物をただで配る団体もあります。更に食べれるものが日常的に捨てられています。でも食べ物がなくて死ななければならない人がたくさんいます。

おしなべるとどれくらい人が居ても大丈夫なんでしょう?

自国の国力とか労働者とか言いますが、結局、地球はまだ人を受け入れ可能なんでしょうか?

僕には、3人産めというのは、とりあえずマグロは減ってるから食べるのをやめよう程度の話に聞こえます。もちろん、マグロは大事ですが
マグロ食べなくても他のもの食べます。

食べる側の論理としては、多分、マグロと違ってたくさんいるからとかいうのでしょうが、新しくたべることにした魚か何かの数が変われば生態系はずいぶん影響を受けます。するとどうなるか?という類の疑問に、意外と人類は知識をもってません。

もちろん予測はするでしょうけど、その精度というのは原子力発電所は100%安全と思ってた頃と変わりません。

ここらでこんな風に言えば良いと思います

日本はちっこいのにずいぶん資源を食い散らかしているので反省しました。今後は環境先進国となります。少子化対策をやめてむしろ積極的抑制に舵をきります。人間に頼らない方法での生産性向上を追求することで20年後の一人当たりGDPを30万ドルに引き上げます。小国に希望を与え、大国に回顧を促し、日本はやっぱりすごいと世界中から言ってもらえるような国を目指します。

社会保障費と借金があるので簡単ではないかもしれませんが、今からこれくらいの夢を見ないと、もうそこに迫ってる次の産業革命に対応できないと思います。

もはや、国という括りは古いのかもしれません。

ということで、間に合うかと思ってましたが、そうではなさそうだと心配になってきました。ファティマやHIeは無理でもマトリックスやSAOみたいな没入型VRで幸せに暮らせる時代は次の世代なんじゃないかと。

前述、おしんの時代までは日本でも食べ物がなくて死ぬのはあたりまえでした。家族であっても売ったり、山に捨てたりすることがあったと聞きます(僕の地元でもあったと祖父から聞いたことがあります)。そんな時代のことを「大変だったんだなぁ」と思いますが、僕らの次の世代の人は思うかも。

「え?人間関係に悩むってなに??」
「昔の人って自分で野菜つくってたんだよね?なにそれ?たいへんじゃん」

最終的にはなんとかなると思ってた道が閉ざされたようです

今を受け入れて楽しむのが最良だと聞きますが
再びそれがすごく難しいと思います

1ヶ月くらい前まではだいぶ復活してきたと思ってたのに
人生反転するくらいの罠にかかっていました

1人当たりGDP30万ドルの夢を語りながら
人生の無常にただぼーぜんとしてるという

これからどーなるんだろ、、








posted by みかづき at 00:54 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする