久しぶりにまとめて損切りしました。
目標利益の倍額の評価損で手仕舞うという大ルールに抵触するものが出始めてましたから、早めに手を打ちました。 中にはファニーメイやフレディマックみたいな話題の銘柄もあります。
多分、持ち続けてれば時間切れで利益になったと思いますが、ルールはルール。チャンスは無数にありますから、従うことにしました。
9月限はだいたい400ドルほどの評価益を得ていましたが、本日の損切りで吹っ飛びました。しめて700ドル。
今月は、今の所マイナス300ドルということ。。
損切りのおかげで証拠金に若干の余裕ができましたから、お手当て可能なんですが、一旦見送りにしました。
8月頭に35000ドルにしてからなかなか増えません。。っつーか減ってるし…。
焦れるところですが、こういうこともあるんだと自分を納得させることも必要かなと思ってます。 力技で損失を手当てして我を通してしまったら、多分、自立するようになってからもそういう癖が残ってしまう。私の投資活動は、即ち、 みかづき株式会社の経営と同じ。自分会社なので、破綻は自分の人生の終わりと同じ。リスクはとっても、無理はしないということかと思います。
念頭にあるのは『死なないこと』。
最近はそんな風に考えてるので、普段の生活では尖った部分が柔らかく見えるようで、人付き合いが楽になる反面、 イベント活動など特徴的な人が多い中にあってはやや自分が埋もれてしまうような喪失感を持つこともあります。
これは『自分が大人になりつつあるからだろうか?』なんて思うこともありますが、果たしてどうなんでしょう?
今はとても居心地の良い投資(というか投機)スタイルだと自分では思いますが、生活を左右する活動だからこそ、『自分』 がそこから侵食されてるような気がして揺れる気持ちもあります。
ま、多分、普通の人以上にリスクをとることに慣れているし、多少の波では動揺しなくなったと思うし、、まさに『今』 みたいな不安定な場所でもそこそこ勝負をいどんで結果を出せてるわけだし、、全部が全部、保守的な行動になってるわけじゃない… そんな風に考えるようにもしています。
通常の生活で得したり、気持ちよいことはありませんが、みかづき本来の攻撃的な性格は、さすがに本人だけあって嫌いではありません。
普段は見せないけど、カンジン必要なところで研いだ刃が出てくるようになれば良いかなって思いますがどうでしょう?
あ、もちろん、現実世界では刃物なんて使いませんよ。


