2018年07月08日

いおそのぷりじゃにぇーら

Amazonプライムにロードス島戦記が追加になりました!
ヤッター!!
早速みはじめました。
30年前は絵がきれいなのに惹かれました。
人生経験を積んだ今はだいぶ感じることが違います。
・ディードリットが可愛くない
・ドワーフで洞窟でドラゴン…
・アール・ヌーヴォ
当時はツンデレという言葉は存在していませんでした。
耳の長いエルフという概念もなかったと作者が言ってたと聞きます。
今日の女性キャラのテンプレみたいなものを見ることができる点は興味深いです。
リング(LoR)では秀でて賢い人が多かったですよね。
人間に肩入れすることの難しさ、
ドワーフとの諍いはツンデレの原型と見ることもできるかもしれません。
冒頭の洞窟のコテコテ感はリングを思い出さずにはいられません。
しかしたった30分でガンガン展開してくのは
映画や分厚い小説よりずっと見やすいです。
今見るとかなり荒削りな要素が気にならないでもありませんが
30年前に受けた衝撃といえばどれほどのものか。
思い返すとミュシャに惹かれるのはこの作品があったからです。
冒頭の神話はスラブ叙事詩の素晴らしい解釈を与えてくれたと思うし
キャラクターを印象的なスタイルで静止させて強調するのは
アール・ヌーヴォの良いところだと思います。
ちなみに30年前の作品であっても
現在の日本映画やドラマよりも音楽的・映像的演出は優れていると思います。
映画やドラマでは「主演〇〇」として物語の人物よりも演じる人が注目されることがあると思います。
アニメでも声優が誰だとか言ってる人もいますがしょぼいですよね。
主演〇〇が好きなら写真集でも買ってなさいと。
作品自体の魅力で費用を回収することが難しいのは残念な話だと思います。
つまり、本来ドラマにするほどのものではない程度の無駄な作品が多いのだろうと。
この作品は違います。
他にも日本のドラマでは30年前から横行している手抜きが
この作品にはありません。
俳優に払うギャラを含めた制作費は雲泥ほども差があるのに
アニメで行われる当たり前の努力をドラマではやりません。
努力してる人としない人の差が広がるのは当たり前だと思います。

そして、大事なことが一つ。
日本人がだめなところです。
先日もハンドボールでヒジテツ食らわせたのがわざとかどうかで議論になってました。
まー悪意ある反則と捉えるのが妥当だと思います。
しかし、指導者たる大人が「故意ではない」とあくまで建前を通そうとしてます。
だめだこりゃ。
ちなみに作中では、パーンを追放するのではなく
王都に様子を見に行ってもらうという玉虫色の決着で村が納得してました。
「それは良い」と。
確かに日本風の良い決断に思えますが、多分これが良くない。
ハンドボールに戻るとメンツを保つために
反則ではないと言い
被害者側は全面戦争ではなく、「まーほどほどの所」の謝罪を受け入れます。
これは良くない。
戦後、こうしたことの積み重ねで日本は悪くなってきたと言えます。
70年の積み重ねで
スポーツマンシップはどこへやら?
こんな指導をされた子供がまともな選手に育つわけがない。
そもそもユニフォームひっぱるのが当たり前なんておかしいし
ピッチにつば吐くべきではないし
痛がるフリに意味はありません
僕はこうした競技はもはや「嫌い」です
嘘つきがいくらかっこつけてもヒーローではありません
集団競技の大部分はインチキだと思います。
何それ?
って言う人が多くなって時代が変わる必要があると思います。

ハンドボールの話は日大と同じ
日大の話は財務省や国会議員でも同じ
他の国ではもっと露骨なこともありますが
そうした疑念を挟む余地がないほどクリーンな国や組織もたくさんあります
日本はもう世界に誇れる国ではなくなりました
むしろ、恥ずかしい
すべて対面繕いを優先しているためです
審判が笛を吹かなければ何をしても良いと思っているからです
一日一善とか
そういう意識で生きないと良くなりません。
ロードス島戦記では
30年前から日本がこんな風になることを読み取れたのかもしれなと思いました。

posted by みかづき at 15:55 | Comment(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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